自己紹介と過去の話

新卒準備カレンダー 2011春に何か書くにあたって、まずは軽く自己紹介的な挨拶を書こう…と思ったら予想外に長い自分語りになってしまったので別途書き出しておきます。エンジニアとしてのスキルや活動については本編に書くので、ここではそれ以外のことを書きます。

現在の私

この3月で大学を卒業し、4月からはDeNAにエンジニアとして入社します。
プログラミングが大好きで、3年ほど前からShibuya.pmによく顔を出しています。最近の成果物としては、Perl用のテンプレートエンジンXslateです。これについてはWeb+DB Presss誌で解説の機会をいただき、「Xslate 次世代テンプレートエンジン」としてWebでも公開済みです。

ところで、私は今年29歳になります。しかし、大学院にいったわけでも二度目の大学というわけでもありません。これは大学入学が24歳のときと遅かったためです。私が大学を目指して動き始めたのは22歳のときです。それまではニートだったりフリーターだったりしていました。

22歳までのこと

22歳の私は、失意と絶望の果てに疲れきっていました。高校退学後にいくつかの進路を考えましたが、いずれも一生続けられるとは思えませんでした。一片の希望を求めて足掻きましたがそれも叶わず、世を恨み、家族を憎み、自分を呪う亡霊だったのです。

なぜそこまで落ちてしまったのか、その原因はひとつではありません。最初の躓きは7歳のときに起きた引っ越しと両親の離婚でした。ある日突然友達が一人もいなくなり、生活が何もかも変わるという現実を受けいれらませんでした。何年もの間いつかすべて元に戻る日が来ると信じ、それを心の支えにしていたのです。したがって新しい土地に馴染む必要はないと考えており、友人もあまり作りませんでした。私の心は故郷に留まっていたのです。
二度目の躓きは、幸せだったかつての状態に戻るという希望が潰え、これが現実なのだと諦めたときでしょう。ちょうど中学に入ったころです。小学校時代の現実拒否が影響したのか、単にもともと勉強嫌いなのか、成績はひどいものでしたし、学校行事は嫌なものばかりでした。そして私は学校に行かなくなります。このころの日常はまったく無為であり、外に出ることもめったにありませんでした。
その後も順調に躓き続けました。15歳くらいからは、なんとか軌道修正しようと足掻きはしたのです。中3の時は少し学校に行くようになりました。高校は底辺高校でしたが、一年間は頑張って通いました。高校をやめたあとは自営業をしていた実家の手伝い、SEを目指してプログラミングの勉強、定時制高校へ再入学、料理人を目指してレストランでバイトと、いくつかの試みはしました。
しかし、それらはすべて徒労に終わりました。挫折に次ぐ挫折で精神的にも疲弊してきました。先の見えない孤独、寂寥、辛苦。そういった苦しみを吐露できる友人もおらず、助けを差し伸べる人はいません。22歳の冬、もはや私に選択肢は何もないように思われました。

22歳から現在までのこと

そいういうわけで失意と絶望のどん底にいたのですが、22歳の冬に起きたある出来事をきっかけに希望を取り戻し、大学を目指すことにしたのです。このときの出来事はまだ書く気になれないので割愛しますが、その出来事を通じて知り合ったある友人が私に価値を感じ、それをはっきりとした言動で示してくれたことで、私は希望を得ました。たった一人でも自分を認めてくれる人がいるのいうのがどれほど嬉しかったか、言葉ではとても語れません。
そしてここに至って進学という選択肢があることに気付きました。君なら大学にだって行けるだろう、という言葉は最初は半信半疑でしたが、とりあえずやってみようと。そして高認を取って予備校に通い、受験し、合格しました。嬉しさよりもほっとしたことを覚えています。
こういう経緯なので大学に入ってからもいろいろ困難はあったのですが、今となってはいい思い出です。自分では解決できない問題がおきても、先に述べた友人の助言がありました。この友人には感謝の念が堪えません。学校の友人たちとの付き合いもそこそこうまくいきました。年齢差はありましたが、自分が気にしなければ意外と人も気にしないものです。
大学在学中には好きだったプログラミングを再開しました。以前SEを諦めたのは、IT業界はブラックであるという情報が多かったためです。その時の決断は、その時得られる情報を考えると間違ったものだったとは思いません。しかし、今はすべてがブラックではないということも知っています。そしてに何よりも、プログラミングが時間を忘れるほど楽しいことを再確認しました。そしてShibuya.pmとの出会いを経て、プログラマになるのが最適であると確信しました。
私は人に無限の可能性があるとは思いません。一人の人間が持っている選択肢はごく僅かしかないのです。しかし、存在する選択肢に気付かないことはありえます。22歳の中卒にとっての大学進学はまさに「存在していても気付かない」選択肢でした。これに気付いたおかげで、今、希望を持って明日を迎えることができます。

これからのこと

Shibuya.pm出会った頃から今までのこと、および未来への意気込みは「新卒準備カレンダー2011春」の記事として書く予定です。
俺達の戦いはまだ始まったばかりだ!